2016年10月25日火曜日

【大阪府四條畷市】和田賢秀公墓


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和田賢秀(にぎたけんしゅう)は、南北朝時代の武将(楠正行の家臣、従兄弟)。名は「かたひで」とも読まれ、また源秀(げんしゅう)とも記される。四條畷市の墓所石碑には、正面に『和田源秀戦死墓』と刻まれている。
和田賢秀 - Wikipedia

【大阪府四條畷市】和田賢秀公墓

和田賢秀公墓
このお墓は正平三年一月五日、楠正行公が、四條畷で敵将高師直の大軍と戦い討死にされた時、共に戦われた和田賢秀公の墓です。
賢秀は源秀(げんしゅう)ともいわれ、正行公とは従兄であり、歴戦の勇将で新発意ともいい、伝説によると賢秀公討死の際、敵の首に噛み付き睨んで放さず敵はそれが因(もと)で死んだ。以来、土地の人は賢秀公の霊を歯噛(神)様として祀っている。
楠木正行 - Wikipedia

和田賢秀公墓 説明看板

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【アクセス】
JR学研都市線『四条畷駅』下車北東へ徒歩10分
コミュニティバス・京阪バス・近鉄バス『塚脇停留所』下車すぐ



JR四条畷駅から北東へ徒歩400mの地点にあるこちらの交差点を北の方角(左方向)へ約350m進むと『和田賢秀公墓』があります・・・↓ ※ちなみに鳥居をくぐって、まっすぐ東の方角へ進むと四條畷神社があります・・・
別格官幣社 四條畷神社 鳥居がある交差点

忠烈(ちゅうれつ)の意味・・・きわめて忠義心の厚いこと。
和田賢秀公墓

和田賢秀墓地です・・・
和田賢秀公墓

天保二年(1831年)につくられた位牌型の墓石には『和田源秀戦死墓』と刻まれています・・・傍らには、大きな楠(クスノキ)がそびえたっております。
和田賢秀公墓 墓石と楠
縦に横に斜めに・・・うねりながら広がっていく楠の枝ぶりがとても力強く・・・神秘的です・・・
和田賢秀公墓 楠(クスノキ)和田賢秀公墓 楠(クスノキ)
推薦銘木 楠 四條畷市みどりと花の会 四條畷市
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓和田賢秀公墓



↓・・・赤く染まった落ち葉がアクセントになっていて、とても綺麗です・・・趣きを感じます・・・
和田賢秀公墓

墓所の廻りにはちょっとしたスペースがあり、周囲にはたくさんの木が植えられていました・・・
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓
和田賢秀公墓

「神域につき飲食・喫煙・犬の散歩等ご遠慮下さい。」
四條畷神社が管理しているようです・・・
和田賢秀公墓 「神域につき飲食・喫煙・犬の散歩等ご遠慮下さい。」

少し離れた場所から撮影しました・・・ぱっと見、小さな森、公園のような雰囲気です・・・↓ ※前を通る道路は東高野街道(170号線)です・・・
和田賢秀公墓 東高野街道(170号線)
↑ん?なにやら・・・バス停の左側にある電柱付近に赤いものが見えます・・・

↓・・・近づいて確かめてみました・・・ザクロの実です・・・秋の味覚・・・
和田賢秀公墓 ザクロ和田賢秀公墓 ザクロの実
美味しそう・・・♡

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(2016年10月12日 写真撮影)
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