2021年11月11日木曜日

【大東市】 メノコ橋の欄干石 《東高野街道》


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大阪府大東市、JR野崎駅から南東方向へ徒歩約14分・・・
東高野街道沿いの道端に 『メノコ橋』の名残(欄干石:らんかんせき)が残されています。
【大東市】メノコ橋の欄干石 《東高野街道》
 【メノコ橋の名前の由来】 
その昔、弘法大師が修業時代この道を通った際、 当地に10日間ほど滞在され、 ここにあった橋の欄干を枕にして休まれたことから
 「寝床(ネドコ)」→が訛って「ネノコ橋」→いつからか次 第に「メノコ橋」と呼ばれるようになったと伝えられています。
【大東市】メノコ橋の欄干石 《東高野街道》
【大東市】メノコ橋の欄干石 《東高野街道》
↑なるほど・・・思わず枕にしたくなる高さかも・・・ 

☆メノコ橋と弘法大師伝説
【大東市】メノコ橋の欄干石 《東高野街道》
☆東高野街道 
古くから京都高野山を結ぶ道で・・・平安時代初期、唐から帰国し真言宗を開いた、弘法大使空海(774~835)が、高野山に金剛峯寺を建てると、貴族たちがこの道を使って高野詣(こうやもうで)をしたことで発達してきました。 

 【アクセス】 
所在地:〒574-0015 大阪府大東市野崎3丁目1 
JR野崎駅から南東方向へ約1.1km(徒歩約14分)
大東消防署東分署の近く東高野街道沿いにあります・・・
 

(写真撮影:2021年11月上旬)
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